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白木屋伝兵衛六代目・中村梅吉のBlog 「うめくさ」

今は隠居中の6代目中村梅吉。彼は白木屋中村伝兵衛商店の先代だけでなく、江戸の歴史・文化研究者の一面も持っています。その彼が記す江戸のこと、京橋のこと、歴史のこと。どうぞ気を楽にして、お付き合い下さいませ。
一緒くた。
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    オスプレイ(鶚「みさご」ここではM22)が宜野湾にクラッシュした。

    墜落とも不時着とも採れる。原因は空中給油時にM22のペラに給油機のホースがぶつかり、ペラが片方半分飛んだ為だ。原因は気流の乱れか、どっちかの操作ミスで、受油機がジェット機なら墜落だった。プロペラ機だからクラッシュ(破壊)で済んだのだ。M22機体は何の欠陥もない。空中給油はやはり、危険で戦闘行動なのだ。だから安全第一の民間機は「しない」のだ。

     

    M22そのものと空中給油を分けて考えられないのか。今回の場合、m22の機には何の故障、不備もなさそう。大体空中給油は自衛隊でもやっていて無事故。アメちゃんが「ドジ」だったのと違うか。だから、訓練が必要なのか。

     

    あれもこれも一緒の考えかたは「反対」「賛成」の立場で違うのだろうが、分けて考えることは必要だと思う。

     

    そのうえでM22の存在が「尖閣諸島」の領有に係わって来る、来ないも政治判断なのだろう。

     

    過去の経験では、あれとこれを一緒に考えることをしなかったのが、1番悪かったように思うのだが・・・。

     

    今の報道機関はその関係、原因が解からない為か、昔と同じ様なことをしているようだ。

    | - | 12:40 | - | trackbacks(0) | - | - |
    昔の落語。
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      今日の落語(今売っているcdを含めて)に飽きて、の話をした。

       

      今のウオークマンの前の前のIpodを(老人の通弊、昔のモノ捨てられない)引っ張り出して充電した。10年位前のモノだろうか。その時代、世に通用していた落語と今の落語と「違う」何処がどんなに違うのだろう。以下違う点を書いて置く。

       

      文楽(先代)は既に亡くなっていたかし、在世中はテープそのものが多くなかったからそのまま。

       

      金馬あたりになると録音の数が多いのだろう。「まくら」も耳を「ほじくる」のに、釘の頭(今はそんなもので・・と否定)だが、象牙、竹、(この辺、今が金銀」を使う)釘では「いんに」(1寸2分)と立派に釘が通用している。「浅草で耳を掘らせて、ほととぎす」の其角は同じ。このまくらは面白く、後金馬はまくらで「言い違い」を挙げているが、自分でも「首ったま」と、(後、首にたまなんぞありゃあしないと)自身、後世、言い方を替えている証拠。ネールサロンも天保頃(1830)すでにあったと。「爪切りましょう」と。切って、「トクサ」で磨いて、爪の間に、「紅」(べに)をさして、6文(600円位か)。この「紅をさす」が何とも良い。そう思いませんか。今のサロンよりよっぽど洒落ていてナウだ。釈注、「トクサ」とは天然の草でサンドペーパーの替わり、今の0番位細かい。

       

      「親孝行、頂かして下さい」と乞食(物貰い、無業者)、張り子の人形で「やろう」(あげよう)と通行者1文(今の百円)乞食「子供にも」ともう1文。同じまくら、の次、親を裸にして転がし「丹波の笹山で生け捕った熊で声を聞かせます」とも(このまくらも珍品)。同時に「荒熊は乞食のつらの恥じさらし」との狂句を紹介している。乞食にも恥があったのか。

       

      金馬の「ガマの油」聞いたことある?この油売りが敵討ち(偽装、客寄せ)をするのに繋がる。題は「高田の馬場」同所の客寄せの為なのだが、これは珍品。「ガマの油」売りの文句は今と同じ。

       

      柳好(歌い調子の)の「立切」筋も今と同じなのだが、これも珍品だ。

      | - | 12:38 | - | trackbacks(0) | - | - |
      玉砕の悲劇。
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        「玉砕の悲劇風化を恐れる」昨日12/4東京新聞朝に載った「ドナルドキーン」さんのタイトルである。

         

        ご承知のように、キーンさんは日本古文書に出会い、戦時中だったので、習った日本語を使い、翻訳からついに日本人となられた方である。日本人捕虜との交流があったがその最後の人「最初の玉砕の島、ペリリュウ島」での捕虜(軍医)が高齢で亡くなった。と氏の玉砕風化の懸念を語っておられる。

         

        その場の「空気」を知るのが大事である。補給はない。攻めて来る敵は大群、3日で「片着ける」(とアメリカの指揮官)予定を2月も遅らせた悲劇、それを見捨てる日本の参謀本部、(見捨てざるを得ない)環境・・・。

         

        戦時中ロンドンの防空壕で46時中生活した英首相チャーチルはドイツの封鎖に、ゴルフ場をつぶして「芋畑」にしようとの企画(食料不足で)が出た時、「何もそこまでして、勝つ必要はなかろう」と言ったと伝わる。

         

        玉砕までして、特攻までして の必要はなかったのである。それで、日本の参謀本部は防空壕どころか、夕方5時でウチへ帰る生活をしていたのだ。

         

        戦争の非合理、伝えたいことはやまほどある。私の生きているうちに伝えたい。

         

        伝えたい。伝えたい。伝えたい。その空気を。

        | - | 12:37 | - | trackbacks(0) | - | - |
        何故戦時の話を
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          何故、したがるのか。その理由を述べておかなければならない。

           

          皆さんにショックを与える為だけではない。これは震災の話もそうであろうが、「戦争はいやですねえ」「震災は大変ですねえ」それだけではダメなのだ。その先、災害の時はどうするのか、どのように、困るのか。どうすれば、防げるのか。考える、することが大事なのだ。

           

          震災のように、防げないものもある、しかし、考えて置けば役に立つこともある。戦争は防げるのだ。其の前段階で防げる場合もある。それだから、なって仕舞った時は、どうなるのか「聞く」「読む」のだ。

           

          戦争は始める奴がいる。その理由は「立身出世」か「儲け話」かが殆ど。それで、そいつらは市民がどうだろうと救済だの、助けるだのしない。

           

          歴史が大事なのは、それが我々の将来を明るくする為に知るのだ。

           

          私は歴史を学んで、平民は「家族」を持続出来るのはやっと江戸時代になってからだと知った。之だけで歴史を学んだ「価値」があるのだ。

           

          語りたい為ではないことを知ってほしい。

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          風の・・・。
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            「最初の最後の写真集」の関連行事で上の映画を見た。

             

            「軍港呉」を昭和の初期から敗戦までの物語。「軍港」だから空襲が数回あったのは知っていたが、あんなにあったのは知らなかった。爆撃、銃撃、の寸前、「対空戦闘用意」のラッパ(空襲警報が間に合わない)も間違いなければ、巡洋艦「青葉」(着底沈没)空母「葛城」(横転)も私の見た「写真」そのまま。防諜の為建てめぐらした「目隠しの塀」も理解出来た。

             

            具合の悪いのは家庭用「箒」、あの時代に合わないものを書いていた。その位で米を突く1升瓶もあの時代。

             

            呉、広島、や長崎の人間だけがあの時代不幸だったわけでもない。誰もが、明日おもしれない生活を送っていたのだ。(当人がそんな客観的見方を持つかどうは別にして)

             

            あの映画、興行的には赤字だろう。最後にクラウドファンド(この言葉も初めて)と大勢の名が出ていたから、その方々の助力で上映まで持って来たのだろう。当時の状況も大勢の助力が無ければ再現できるわけがない。この映画の主意はありのままを見てもらいたいのだ。私がこの映画をとやかく言う前に、皆さんに見てもらって、当時の(非)日常がどんな(非)だったか知ってほしい。

             

            その結果貴方の意思として次の選挙に生かされんことを。

             

            思い出したこと一つ、無論飛行機マニアだが呉在住の某氏、高台からの呉軍港の見取り図を友人に郵送し憲兵の途中無断開封に遭い、家宅捜査をされたとか。勿論戦後の全国大会で聞いた話。

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