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今日、ザギンでもんのすごいユーメージンにあいました。
おつかれです。
と、いうわけで今年も開催します、
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○「垣野勝司 陶展」
2008/11・25(火)〜2008/11・30(日)まで
OPEN10:00〜18;00(初日は13:00から、最終日は17:00まで)
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是非、お越しください。
今年で3回目ですか・・・いや早いもんです。

ちなみにこの白木屋は自社ビルの中に店舗&ギャラリーがありまして、
そのテナントに入ってる方が、よく展示をご覧になっていかれるのです。
で、その中に垣野さんのファンがいらっしゃって、「垣野さんの展示まだ?」と、この時期やたらとせっつかれるのであります。

あの、もうすぐですから。

っつーことで、来週水曜まで、ちとヤボヨーで東京を離れる店長でした。

では。
| - | 18:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
ステラバイスターダスト。
「別れはいわぬ。もう、別れているのだから」
                 −市川雷蔵(眠狂四郎)ー

以下、実話である。

4・5年ぐらい前からであろうか。
3ヶ月か4ヶ月ぐらいの間隔で、同じヒトから、同じような時間に、同じような内容で、「間違い電話」が掛かってくるのである。その内容といえば、

「サトシィィィィィッッッッッッ!」
「お、お、おまえ、何やっちまったんだよォォォォォォォォォ!」
「ど、ど、どーすんだよォォォォォォォォォォォォ!」
「な、な、なんてことしちまったんだよォォォォォォォォ!」
「あ、あ、あ、あんぎゃららじゃかふふぁぢるふパェェェェェェ!」

というものである。

声の感じからすると60後半から70代あたり。かなりヒステリックに絶叫するスタイルで、かなり聞き取りにくいというか聞き取れない。ワタクシも何度か掛かってくるうちにいつも同じ内容であるために、ようやく分かった次第なのである。そして大体11:35分から38分頃にこの電話はかかってくるのである。

いつも同じ内容なのであるが、何故だか毎回、叫ぶ名前は異なっている。「サトシ」・「ヒトシ」・「マサシ」・「タカシ」・「ヤスシ」・「ジョージ」と最後が「シ(もしくはジ)」で統一されているのには、毎回ながらこのヒトなりの「こだわり」が感じられ、少しばかり微笑ましく感じられるのである。

「あ、そろそろかかってきそうだな」という予感がある。現に今もしている。そして今では少し楽しみにしている自分がいるのである。「そろそろきてもいいころなんだけどなー」と待っている自分がいるのである。「絶叫おばちゃん元気かなー」などと、身の上を案じている自分がいるのである。こんな自分が不思議である。本当に不思議である。んでもってこんなクソしょーもない文章をしたためているのである。

と、いうわけで、突然だが、今述べたハナシの中に10個ぐらいの「教訓」が隠されているのに皆さんお気付きであろうか。まぁ教訓はともかく、「あ、オレ(ワタシ)も同じのがかかってくるわ」という方がいらっしゃったら、ぜひ、お会いして膝を交えて存分に語り合いたいものである。すんごい楽しいだろうな・・・っつーコトで、今月24日から6日間、当ギャラリーにて「垣野さん」の展示が始まります!。詳細は近日公開致します!。よろしくお願い致します!。では。
| - | 18:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
幸せの黄色い木綿のハンカーチーフ。
「存在を左右するのは意識ではく、存在が意識を左右するのである」
                        −マルクスー

ご無沙汰です。お疲れ様です。
本日から始まりました、

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○村田朝美・個展「SEED(種)」
2008/10・20(月)〜2008/10・25(土)まで
10:00〜18;00(最終日は16;00まで
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是非、ご覧になってくださいませ。

さて、今回の展示のテーマになっている「種」ですが、弊社で扱っております江戸箒の原料となる「ほうき草」も、種から生えてくるのであります。

江戸箒で使われる「ほうき草」は、正式にはイネ科の「ホウキモロコシ」と呼ばれるもので、大体「ゴールデンウィーク」がはじまるぐらいに、種を蒔きます。それから2ヶ月から3ヶ月たった7月から8月にかけて収穫するものなのでございます(ま、俗に言う『青田刈り』ですね)。

で、収穫せずにそのままほうき草を秋ぐらいまでまでほっとくと、イネの穂のような種を収穫することが出来ます。この種でもってまた来年、ほうき草の栽培が可能になるワケです。

つーことで、この「ほうき」という道具は、超・あたりまえですが、この原料から生産・製造・使用・廃棄全ての段階/工程において「循環」している・・・と申し上げていいでしょう。太陽と水とヒトの手間をかければ、毎年同じ「こと/もの」を繰り返せば、また同じ「もの/こと」が出来上がってくるワケです。

これってすごくないッスか!?

つーことで、この偉大なる「種」つながりである今回の展示、是非ご覧になってくださいませせ。

つーことで、先日、釣りをしていると、息子から、
「トーチャン、ホンキダサナイト、ツレナイヨ」
と指摘され、この文章をしたためている今現在でも、びびりまくっている店長・タカノでした。以上。




| - | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
ますらおぶりなぼくら。
「助走は無用」
   −マス・オーヤマー


お疲れです。暑いスね。
さてさて、久しぶりですが(苦笑)、ギャラリーの告知でっす。
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○村田朝美・個展「SEED(種)」
2008/10・20(月)〜2008/10・25(土)まで
10:00〜18;00(最終日は16;00まで
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いや、今回は、ナナナント「水墨画」です。
身近なようで、以外と馴染みの薄い(と、僕は思っているのですが)「水墨画」でございます。いや、村田さんの作品を何点か拝見させて頂きましたが、やっぱ結構シブイっすね、水墨画。まして村田さんが大変にチャーミングな方でありますから、この「水墨画」の渋さとのギャップに、ワタクシは結構シビレているのであります。掛軸の展示もあるそうなので、是非、足を運んでくださいませ。ちなみに、マイルス・デイビスの超超超&超名盤、「カインドオブブルー」のライナーノーツにて、ビル・エヴァンスが「僕にとって、ジャズの演奏(今回のマイルスの共演も含めて)というのは、東洋の水墨画の概念に近いと感じている・・・」てなコトを言ってましたね。

てなカンジで、最近、「万葉集」を衝動買いしてしまい、途方に暮れまくっている、店長”助走なんていらねーよ”タカノでした。以上。

| - | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
「生活」は生きものの仕事である。
「その笑顔は、なんの自然律によって得たのであろうか」
                    ー土本典昭ー


ベタな展開ではあるが、妻と長男と次男が、近所の公園にてちっちゃなかつ大変に可愛らしい捨て猫を拾ってきたのである。しかも、「だって、そのままバイバイってなワケにもいかないしさぁ・・・」というベタな言い訳付きで。

んでもって医者に診察してもらった結果、「生きているのが不思議なくらいですね」といわれ、その場で点滴を打ってもらい、我が家にて介抱することになったのである。

「ペロチャーン」「ペロチャーン」と息子らはおおはしゃぎではあるのだが(長男が『ペロ』と名付けたらしい)、ナニブン、「ペロ」は一向に食欲もなく、飲まず食わずで衰弱しきっており、同時にお腹に水がたまった状態で、とにかく、「いつまで持ち堪えられるのだろうか」と、僕と妻は危惧しまくっていたのである。

とはいえ、一つ屋根の下で共に過ごせば、やはり家族の一員となるワケで、頼りないアシドリで、畳の上に大の字に寝っころがっている僕の二の腕を「ヨッ・・・コラ・・・ショ」ってなカンジでフラフラとまたぐ「ペロ」の姿に、僕は目を細めていたのであった。

「こらひょっとするとよくなるんでないかい」と、夜、妻とウィスキーを飲みながら話していたその翌朝、「ペロ」は死んでいた。死後硬直がはじまったのか、妻が目を閉じてあげようとしても、その瞼が落ちない。「苦しんだまま死んじゃったのかな」と妻は言う。僕も「うーん・・・」とコトバがない。

長男が「ペロ」の死を知った時、以外とサバサバしているのにちょっとびっくりした(二男はまだその幼さ故に、死が「ワケワカラン」のである)。長男は結構冷静に「オハカドースル?」などと、今後の葬式及び処遇について心配する始末。ベタな展開を予想し、泣きじゃくるのかな・・・と思っていた僕は、少し拍子抜けしてしまった。

長男と普通に「早朝スゴロク」で遊び(ワタクシが勝ちました)、みんなで普通に朝ごはんを食べ、普通に歯も磨き、普通にウンチもして、長男が保育園のスモックを着用、さぁこれから出発だぁっつー時に、突然、

「ペロチャンガ、シンジャッタ」

と、そのちいさな胸とちいさな頬をひくひくとさせながら、玄関に立ちすくみ、一人大粒の涙をぼろぼろと流しはじめたのである。

僕は長男を抱きしめて、「オマエが流すその涙が、きっと、ペロを天国に連れていってくれると思うよ」とエラソーにかつベタなコトバを掛けているものの、そういう自分もまた、涙を必死に堪えていたのであった。

その夜、「ペロチャンお別れ会」も無事終了し(手巻き寿司を食べました。美味かったッス・苦笑)、葬儀も済ませ、息子らの様子もいつもどおりに戻り、またいつもの日常が始まろうとしている。

はじめて遭遇したその「死」が、彼の中でどう消化されたのか、よくわからない。無論、「知りたい」とも思わない、というか将来記憶にすら残らない可能性も充分考えられる。が、いつか将来、彼ら(長男か二男)と酒を酌み交わすようなことがあった時、

「なぁ・・・ペロのコト覚えてる?」

と彼らに尋ねてみたいな・・・と、フト、思ってしまう父なのであった。

サンキュー、「ペロ」。

またどこかで会おうぜ。

では。
| - | 18:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
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