初めての写真集。

  • 2017.03.24 Friday
  • 12:32

「初めてのそして最後の写真集」と言う写真集が「東都のれん会」で発行された。

編集、編集は弁松さん。この人が任だから「当たり前」が出来るわけがない。

 

最初の犠牲者がFさん、次がHさん、次が私、見ればわかるが「とんでもない冗談」モノである。

 

次の「犠牲者」はの問に「榮太樓(会長)」さんは固辞されたとか。当然であろう。

この催しの最後、「告別式」を会費5千5百円(当人は香典を貰うほうとかで無し)こんなバカな宴会にと思ったが、10人が集まってくれた。当然「写真集」の話が出る。

 

戦争の話ばかりですねえ・・私の12歳〜16歳が太平洋戦で旧制中学全部が動員だったのだから、「今日あって、明日のない日」ばかりだったのだから、そんな活字が並んでも仕方がない。私が88歳まで生かしてもらったのは、その時死んだかたの話をあなた方にする為なんだ。

 

それをどうやって今生かすか。機会を頂いた。尖閣諸島とV22オスプレイ、スマホ(以外の電気製品も)の充電の話。etc・・・・・

 

「良い指揮官、良くない指揮官」吉田俊雄という本を読んでいる。日本海軍がいかに役所で適材適所に人を置かなかった、大局を見る人が少なかったか、軍学校育ちではダメだったかを兵学校出が書いている。

 

あの戦い、どうやっても勝てない、どうやってもあの時以上速く止められない。

 

いな、どうしても、満州事変以前でなければ対米戦を避けられない・・・を理解させる本だ。

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