川崎先生と白魚屋敷。

  • 2017.03.24 Friday
  • 12:39

終活の1端で資料の整理を始めている。

 

先年天寿を全うされた先生の「郷土資料館だより」(s5811月前後)が出て来た。

 

その10号で川崎先生が「白魚役と佃島の白魚献上」を書いている。ウチの京橋川向こうに「白魚河岸」が有り(地名だけ)そのいきさつに興味があった。

 

その「白魚河岸」は今の町名で銀座1−16の北側だ。その昔はもっと西側にのびていたのかも。「白魚献上」は佃の仕事以外に他の人もやっていたらしいとはかねて聞いていたことではあるが、先生の説では他の連中が初期にやっていたらしい。銀座北端の白魚河岸も実は「他の連中」の為らしいことが解かり興味を引く。

 

要旨を書くと…僂箸亙未稜魑役がいて、初期はその方が勢力が強かった△修豸寮草観音から芝浦まで佃島も立て網漁が出来なかったその時の佃の白魚は江戸川(利根川、中川)のもの

 

「白魚河岸」は江戸初期らしく(所在は沿革図集で資料館で確認してくれた)この先生の論文で「よそ者」の存在も「白魚屋敷」の存在も納得がいった。

 

佃と浦安の関係も。やはり昔の資料は大事である。

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