強制。

  • 2017.07.04 Tuesday
  • 10:37

 戦時への反逆か「強制」されるのが嫌いである。

 

それと、このところあまり読む本が見付からない。政治は1党独裁だし、PCに限っても、頼んだ覚えのない「ソフト」を解約せざるを得なかったり(入れるのは簡単、断るのは大変)マウスを買おうと思えば、「無線」ばっかり(自分が時代遅れ)だし、こんな時は「川柳の本」を読むに限る。

 

「8月や むいか ここのか じゅううごにち」(6日は広島、9日は長崎、15日は)と比較的有名で読み解くのに優しいのもあるが、毎度登場する「人参で首を継げとの御使い」は人参は朝鮮、江戸時代、御使いは幕府の、お偉い方は殺されても発表されるまで生きているを知らなければ、その意味が分からない。しかも、情報管理された江戸時代のほうが、戦時よりも皆知っていることが「凄い」。川柳はこのように「ひとひねり」が良い。ふたひねり、みひねりは勉強が必要。

勿論、解説書で、川柳には吉原が当然多いが解説を読むと(大体文化文政期)我々に結構「誤解」が多い。また、川柳は我々に教えてくれる。江戸時代の吉原の最大の誤解は「強制がない」こと。(これ、難しいのだが、レベルで違う)金の力的「強制」をどうするか問題はあり、例外もある。第一連れて来られた婦人達の多くは「金の力」の被害者だが、それは今でも同じだろう。それはそれとする。

 

「強制の暴力」に吉原は抵抗する組織を持っている。先ず、武士は刀を預けなければ「入れない」大体、判らずやの武士は「もて」ない。「刀なもてない あさぎうら」

 

何故「強制はないか」そんなことすると「もてない」からだ。仙台の殿様と高尾(7,8人いる)の話は有名。

ふりかたも「寝ふり」「空床」を始め、吉原の習慣、新造(妹女郎、見習い女郎)「もらい」「あずけ」「羅生門河岸」「行水」etc学術書は教えない。「何かささやくと果たして貰いに来」「貰われて太鼓の地口落ち着かず」この前句(川柳には前句がある)「落ちが来ず」だが「拾遺」では前句では「騙しこそすれ々」でも採用されている。 

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